「盗まれた手紙」(ポー)

古今東西の探偵小説の原典的作品

「盗まれた手紙」(ポー/巽孝之訳)
(「モルグ街の殺人・黄金虫」)
 新潮文庫

「モルグ街の殺人・黄金虫」新潮文庫

「盗まれた手紙」(ポー/丸谷才一訳)
(「世界推理短編傑作集1」)
 創元推理文庫

「世界推理短編傑作集1」創元推理文庫

「窃まれた手紙」(ポー/渡辺啓助訳)
(「ポー傑作集」)中公文庫

「ポー傑作集」中公文庫

「助けてくれるんなら誰にだって
五万フラン払うよ」という
警視総監の言葉を聞いた
デュパンは、
小切手を受け取るとすぐさま
例の手紙を取りだした。
それはこの一ヶ月、
警視総監が血眼になって
探していた手紙だった。
デュパンは…。

エドガー・アラン・ポーの創り上げた、
世界初の探偵といわれる
オーギュスト・デュパン。
その三作目であり、ポーの探偵小説の
最高傑作でもあります。
盗んだ人間の部屋の中から
盗まれた手紙を探し出すという
単純な筋書きながら、
後の探偵小説に広く影響を与えた、
古今東西の探偵小説の原典的作品です。

【主要登場人物】
「わたし」
…語り手。デュパンの友人。
C.オーギュスト・デュパン
…私立探偵。
G―氏
…パリ警視総監。
 デュパンに事件の相談をする。
D―大臣
…宮殿から重要な文書を堂々と盗む。
たいへんに高貴なお方
…重要な手紙を目の前で
 盗まれてしまった婦人。
※表記は「巽孝之訳」による

本作品における探偵小説原典的要素①
「木を隠すなら森」的発想

本作品のおけるメイントリックは、
盗まれた手紙の隠し場所の妙です。
未読の方のために具体的なことを
記すわけにはいかないのですが、
一言でいえば
「木を隠すなら森の中」です。
警視総監の極秘の家宅捜索
(それも非合法で)は徹底しています。
毎晩毎晩、大臣不在の官邸に侵入し、
一部屋を一週間かけ、
敷地とその中の家屋すべてについて、
これ以上考えられないくらい
綿密に捜索しても、
問題の手紙は見つからなかったのです。
「隠したいものを
あえて隠さないことによって
相手の盲点をつく」という
「盲点心理」は、
後に続く作家の多くが
作品に取り入れているのです。

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本作品における探偵小説原典的要素②
頭の切れる嫌みな探偵像

その手紙のありかを、
デュパンは一目で見抜きます。
その事実だけでも
デュパンが相当頭の切れる
人物であることがうかがえます。
しかし作者ポーは
探偵デュパンを単なる優秀な男として
描いてはいません。
かなり嫌みな人物として
設定しているのです。

デュパンは相談を受けた後、
自らが大臣官邸におもむき、
例の手紙を取り戻しています。
それでいながら
その事実を総監には伏せたまま。
一月後に総監が再訪した際も
自らは切り出さず、
総監が報奨金を口に出したとたんに
「たったいまお申し越しの金額で
 小切手を切ってくれたまえ。
 サインし終わったら、
 例の手紙をお渡しするから」

切り出す始末
(警視総監に対して何と横柄!)。
かなり嫌みな性格です。

さらにデュパンはD―大臣と旧知の仲。
しかも何やら遺恨のある模様。
件の手紙の奪還は、
総監からの依頼に
応えようとしたのでもなく、
正義を助けようとしたものでもなく、
単に自らの恨みを
果たすことが目的だと考えられるのです
(その証拠として、
宿怨を晴らした場面だけ、
やけにデュパンが生き生きとして
描かれている)。

こうしたデュパンの、
ある意味歪んだ性格は、
形を変えてホームズや明智小五郎へと
しっかり受け継がれているのです。
もっとも、
こうした嫌みな性格でなければ
物語は面白くはならないので
当然なのですが。

本作品における探偵小説原典的要素③
探偵を引き立てる名脇役

その強烈な個性の探偵が、
自らの手記として事件を描けば、
偏執的なとんでもない作品が
できることでしょう。
かといって三人称による描写だと、
臨場感が伝わらない可能性が
高くなります。
そこで必要となるのが
探偵のサポート役(兼記録役)です。
本作品のように、
親しい友人「わたし」の存在は、
探偵のすぐとなりで見聞きした
事件の全貌を描ける上、
探偵の推理を、読み手の目線に立って、
その驚きを表現できるのです。
探偵の相棒については
ドイルが明確な名を与え、
「ワトソン役」という言葉が
定着しましたが、
もとを正せばポーの「わたし」なのです。

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今日のオススメ!

残念ながら本作以降
デュパン・シリーズは創作されず、
3作品のみで終わってしまいました。
しかしデュパン3作品は、
以後連綿と続く
探偵小説・推理小説・犯罪小説の
原形であり、
古今東西の「ミステリ」の大河の、
最初の一滴にあたる小説なのです。
ミステリは好きだけれど、
古典的作品は
まだ読んでいないというあなた、
ぜひご一読ください。

※本作品を収録した文庫本を
 3冊提示しましたが、
 読みやすさの上では
 巽訳が新鮮で親しみやすいはずです。
 丸谷訳は格調の高い
 日本語が楽しめます。
 渡辺訳は旧仮名遣いで
 読みにくいのですが、発表当時、
 江戸川乱歩訳として世に出た
 (当時は名義貸しが
 普通に行われていた)ものであり、
 そうした面白さを
 味わうことができます。

(2023.1.4)

Gaby SteinによるPixabayからの画像

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